ASUOLA's scrapbook

しかし、ぜヴェーリンによって「教育」されたワンダは「契約」を結び、ついには彼を愛人である第三の男に鞭打たせるまでサディスティックな人間に変貌する[16]。この「教育」と「契約」こそ、ドゥルーズがマゾヒズムの本質としたものだ。それは、サディズムの本質である「命令」と「破棄」とは全く対照的である。ドゥルーズによれば、マゾッホは「人格的訓育者」であり、マゾヒズムの享受者は専制的な人間を「養成せねばならない。説得し、契約に『署名』させなければならない」のである[17]。つまり、マゾッホの小説には、「悦楽を覚える拷問者」は存在しない。あくまで犠牲者が拷問者を説得し、訓育するのである
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